湧情水
松前神楽について
 

松前神楽は、江戸時代の始めに道南の松前周辺で行われていた、様々な神楽、田楽などの伝統芸能を集大成し、城内神事として伝承されてきました。

当時の松前神楽は松前周辺の12の神社の神職によって演じられ、家ごとにその技術が伝えられていきました。
その後、全道各地に広がっていきますが、小樽へも福島町の常磐井家により1893(明治26)年に伝えられました。

現在も北海道の日本海各地に断片的には伝承されてはおりますが、江戸時代以来の伝統的な舞・奏楽を伝承しているのは道南のいくつかの市町村と、小樽だけとなっています。  
演目は23座の演舞を含む33事の舞楽と神事によって構成されており、その中には、松前藩主が創作した神遊舞(かみあそびまい)、四箇散米舞(しかさごまい)、荒馬舞(あらうままい)など北海道の独自性を良く表しているものがあります。

舞の特徴としては面をつけずに踊るものが多くみられ、楽器に手拍子という打楽器を使うのも特徴的です。

小樽では、広く市民各層からなる小樽保存会(会長木村修:道指定保持者)により活発な保存活動が行われています。

※【神楽】…神道の神事において、神に奉納するために奏される歌舞

 
福田舞(跡祓舞) 四方の神々を拝し、祓い清めて旱魃、暴水、火災の災を除き、五穀豊穣、国民の安丁寧を祈る舞。
幣帛舞(祝詞舞・榊舞) その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、清道幣を持って神域を祓い清め、神拝して御幣を奉ると云う、いわゆる神職の神明奉仕の姿を表した舞。
鈴上舞(巫女舞・乙女舞) 天女の天降るさまを舞う巫女の祝福の舞。
利生舞 二羽散米舞の略舞といわれる。利生とは神より恵みをいただくことで、人々の幸せを祈念する舞。
二羽散米舞(鳥名子の舞) 鶏は天の岩戸開きに暗黒の世より光明の時を告げ、世の始まりに地を踏み固めた瑞鳥であるとされております。雄雌二羽の鳥形の冠を頭に冠し、羽根に雄は瑞雲を形どり天を表し、雌は海の波を形どり地を表して、雄雌相睦び親しみを和合して、世の中が平和であるあるさ まを表し、神の恵の米を撒き散らして千五百秋の瑞穂の国の五穀豊饒・夫婦和合を祝う舞。
三番叟舞 背が低く顔が黒く精力絶倫で健康長寿、正道徳行の翁が、数多子孫に才知のすぐれた者の多いのを見ながら、自身も長命であることを悦び家門降昌、子孫の繁栄を祝福した舞。
翁舞 面白く背が高く心柔和な老翁が、額に幾重の波を寄っても身体壮健で幾星霜を経る間に、身分が高い位に登った姿で、舞中に願意を言葉に表し、息災延命、立身出世を祝って舞う福禄寿の備わった最も出度い舞。
荒馬舞 御城内恒例の神楽修行の際たまたま藩主がご機嫌悪く、これを直さんと考え藩主愛好の馬術の様子を即興的に創作演舞したところ殊の外御満悦せられたと云う舞。
山神舞 この舞は海鳥の態をまねて山神に御覧に供すると云う意味の舞。
神遊舞 二人の武人が弓矢を持って四方の悪魔を退散し、直ぐ正しい心に返す意味の舞で、松前藩の威徳を内外に示し、宝祚万歳、天下泰平を祈願した舞で、この舞は松前家十世広候の作と伝えられております。
注連払ひ舞 先ず白扇をもって四方四隅中央を祓い次に真剣をもって之れを切払う。悪魔退散、国土安穏、千秋万歳を祝す舞
御稜威舞 白扇と刀を使って、悪魔退散、天下泰平の舞。
五方 東西南北の隅々と正中を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様の舞。
鈴上 鈴を降りつつ神の心をお慰めして、神威あまねく天下を伊照り輝けりを祝う舞。
面足獅子 猿田彦が出現して暴猛な大獣獅子を手玉に取って遊びたわむれ、平和な世の中を招く悪魔降伏の舞。
四箇散米舞(三種舞・三品舞) この舞は白衣、袴に鬼方衣を付け、長鳥帽子を被った四人の武人が弓・剣・刀の三種の武器と、これを載せた折敷を持って舞うもので、三種類の品を持って舞うところから三種の舞い又は三品の舞とも云う。のちに折敷を加えて四品になったので、四箇散米舞となった。この舞の意味は四海を治め、君・臣・民ともに栄えていくさまを表した舞であり、すなわち天下泰平を祈願し、松前藩の威徳を衷したものといわれている。この 舞の作者は松前家十世矩広公と伝えられている。但しこの舞は本来遷宮式のみに行うものとされている。
兵法舞 松前藩領主信広が蝦夷征伐の様を舞うもので、終りに勝利を得た領主が、歓喜して一人にて舞い納める様の姿の舞。又、この兵法舞は牛若弁慶の争いに似ていることから牛若弁慶ともいわれている。