湧情水
松前神楽について
 
■大山祇命(おおやまつみのみこと)

大山祇命(大山津見神、またの名を和多志大神とも云う)は伊弉諾尊、伊弉冉尊との間に生まれた神で、天照大神の兄神に当たり、全国の山の神の総本家で、国土安泰、国家安全、家内安全をはじめ商売繁盛、開運、延命長寿、縁結び、夫婦和合、子育て、厄除け、酒造の祖神ともされている。

 
■木花咲哉姫命(このはなさくやひめのみこと)

大山祇大神の末娘神で木の花(さくら)の栄ゆる如く咲きほこる様子から命名され、またの名を木花之佐久夜昆売命・神阿多都比売命、豊吾田津媛命、神吾田鹿葦津姫命とも云う、のちに天孫瓊瓊杵尊と結婚し、火照命(海幸彦)、火須勢理命、火遠理命(山幸彦、のちの穂穂手見命)を生んでいる。

木花咲哉姫命は山火鎮護、五穀豊穣、養蚕の守護から縁結び、子授け、安産などの妻の幸せの守護、又酒造の守護神ともされている。

 
■倉稲魂命(うがのみたまのみこと)

本名を宇迦之御魂神といい、須佐之男命と神大市比売命との間にうまれ兄は大年神である。倉稲魂命は、穀物の神、特に稲の精霊とされ、全国にある神社のおよそ三分の一を占める稲荷神社の祭神になっている。

ご利益は、商売繁盛、家内安全、交通安全、火災、災難除け、及び学業成就、芸能上達など多彩である。

 
 

三嶋神社は日本総鎮守といわれる愛媛県大三島の大山祇神社の御祭神、大山祇命とその娘神、木花咲哉姫命の御分霊をいただいて、永正元年(一五〇四)に七重鳴川の地に勧請された由緒の古い神社です。

当時の資料はほとんど残存しておらず残念ながら七重の地に初めてご神体を奉祀した人物、場所については諸説毎に相違点があり確証を把握することはできない。

天文元年(一五三二)に七飯中学校の上の方に社殿を造営して奉遷されている。
 現存する大銀杏樹の右側にその社殿があったと伝えられている。その後、元禄元年(一六八八)に社殿を再建奉遷している。《この時の礎石に元禄元年の刻字あり》

明治九年(一八七六)村社に列したが、明治三十一年十一月社殿炎上し重要文書等すべてを鳥有に帰した。

明治三十四年(一九〇一)現在地の国道下に社殿造営し六月二十四日遷座した。

明治四十年(一九〇七)七月八日、飯田村の稲荷神社を合祀出願、同年八月二十一日許可され倉稲魂命を奉じて御祭神は併せて三体となる。 大正四年(一九一六)神餞幣帛料供進神社に認定される。

国道五号線の整備に伴い、社殿が道路の下にあるのは不合理だということで昭和十四年(一九三九)本町五七六番地(当時の地番)の現在地に社殿を新築し奉遷した。